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【第一四回】石川淳「喜壽童女」と澁澤龍彥(安西晋二)

◆発表者  安西晋二 ◆発表題目  石川淳「喜壽童女」と澁澤龍彥 ◆発表要旨   石川淳「喜壽童女」を、澁澤龍彥は自らのアンソロジー『幻妖』に収載した。その解説(「幻妖のコスモロジー」)で澁澤は、「喜壽童女」について「そもそも小説とはこのように、想像力と学識に支えられて、自由に発動すべきものだということを示す。いわば見本のような小説である」と述べている。  小説の「見本」とまでいわれる「喜壽童女」が、『唐草物語』など澁澤の創作と類似した構造をもつことはこの作品を読めば実感できるだろう(そこから、「喜壽童女」のような作品が澁澤の創作の参考になったとも考えられる)。そこで、まずは「想像力と学識」を重視する澁澤の観点をとおして「喜壽童女」を読んでみたい。そのうえで、澁澤が言及していない「喜壽童女」における「偽書」の扱いに目を向け、「六道の辻」(『唐草物語』所収)および「魚鱗記」にも触れていく。  偽りの情報を「書籍」「文書」と名指すことでリアリティーを確保できる時代は確かにあっただろう(現代は難しいのかもしれない)。ただし、それは、「想像力と学識に支えられて」いなければ、説得力を失うものでもある。それを、澁澤龍彥がどのように作り出しているのかを検討してみたい。 ◆発表日時  2022年9月24日(土)、14:00~  参加をご希望の方は、9月22日(木)の23時59分までにご連絡ください。  参加方法は、本ホームページ「 参加するには 」からご確認ください。

再帰する幽霊/沈黙する神(共催=村上春樹とアダプテーション研究会)

◆テーマ  再帰する幽霊/沈黙する神 ◆企画趣旨  インタビュー「羊をめぐる冒険◯ぼくらのモダン・ファンタジー」(『幻想文学』3号、1983・4)で村上春樹は、『澁澤龍彥集成』を読んだことに言及し、「幻想文学というのは心の中に滲み込んできた」と言っている。しかし、同インタビューはその後どの書物にも再録されていない。従来のリアリズムを超えて、人や事象が反復し、鏡像や反射像として現れる澁澤龍彥・村上春樹の物語は、繰り返し到来する幽霊に満ち、不完全な神の支配を受けている。我々が幽霊に取り憑かれているのか、幽霊とは我々のことなのか。神々がもたらすものは救済なのか、没落なのか。実体なき幽霊たちのあえかな痕跡を探り、沈黙し姿を隠してしまった神々を捉えるための、新たな枠組みを探ってみたい。(跡上史郎) 発表1: 「僕」の人生の〈幽霊〉たち──村上春樹をめぐって── 内田康(京都府立大学) 【キーワード】憑在論、神話、『海辺のカフカ』 発表2: 沈黙の神が支配する ──村上春樹から眺める澁澤龍彥── 跡上史郎(熊本大学) 【キーワード】『1Q84』、『神々の沈黙』、 合理性 司会:山根由美恵(山口大学) ◆日時  2022年8月27日(土)14:00~

【第一三回】『唐草物語』における三つの位相(阿部菜々香)

◆発表者  阿部菜々香 ◆発表題目  『唐草物語』における三つの位相 ◆発表要旨  『唐草物語』は、評論・エッセイを主軸に執筆活動を行っていた澁澤龍彦にとって、およそ一七年ぶりに刊行された小説作品集であり、澁澤の執筆活動において転換点にあたるものとして一般に認識されている。  先行研究においてはその叙述方法が主な論点に挙げられ、そこでは小説的要素と評論的要素(またはエッセイ的要素)の二つから形成されているという見方で一致している。しかしながら、物語における叙述は「小説」「評論」「エッセイ」の三要素で構成されているものとして捉えることができ、それによって地の文に登場する「私」なる存在の性質も定式化され得る。  修士論文では、これまでの研究で混同されてきた「評論」と「エッセイ」を分けることで、『唐草物語』の叙述の機構を捉え直し、そのうえで『唐草物語』が作家・澁澤龍彦のイメージ形成を変化させる役割を担っていたとして論を展開する。 ◆発表日時  2022年7月23日(土)、14:00~

【第一二回】大野ロベルト・相原朋枝編『Butoh入門:肉体を翻訳する』読書会

  6月25日(土曜日)14時00分より 、大野ロベルトさんを中心として、大野ロベルト・相原朋枝編『Butoh入門:肉体を翻訳する』〔文学通信、2021年12月〕所収の、大野ロベルト「第1章:綱渡りする死体――日本語の身体性」および同「第2章:肉体と観念の三重奏――土方巽・澁澤龍彥・三島由紀夫」をテキストとした読書会を実施いたします。  ご論考に関する解説や、質疑応答などの機会がございますので、ぜひご参加ください。ご参加をご希望の場合、 6月23日23時59分まで に本ホームページよりお問い合わせください。追ってZOOMのURLとパスワードをお送りいたします。

【第一一回】澁澤龍彥の蔵書目録と研究の可能性(跡上史郎)

◆発表者  跡上史郎 ◆発表題目  澁澤龍彥の蔵書目録と研究の可能性 ◆発表要旨  澁澤龍彥を研究するための環境を飛躍的に向上させたのは、国書刊行会編集部『書物の宇宙誌 澁澤龍彥蔵書目録』(国書刊行会、2006)の刊行である。夏目漱石文庫(東北大学附属図書館蔵)や芥川龍之介文庫(日本近代文学館蔵)等と異なり、澁澤没後よりずっとその蔵書は個人蔵であり、一商業出版社である国書刊行会がその目録を作成・販売し、2006年の刊行から2022年の現在も新刊で購入可能であるという事態は特筆すべきものと言えよう。澁澤が引用の作家であるということは、澁澤の読者の共通理解であるが、澁澤没後も新刊書帯の惹句には、「マッコルランを出す勇気と機略のある編集者がいたら、私はそのひとに敬意を表するだろう。──澁澤龍彥」(ピエール・マッコルラン『黄色い笑い/悪意』中村佳子/永田千奈訳、国書刊行会、2021)等、数々の記載例があり、澁澤の著作の種本に使われたことが当該書の評価を高め、宣伝材料となる事態は現在も続いている。そして、2020年代には、2027年に澁澤没後40年、さらに2028年には生誕100年を迎えようとしている中、これまでの商業出版を主とする蓄積に対して、学術研究サイドからの真摯な応答が期待されていると言えよう。 ◆発表日時   2022年4月23日(土)、14:00~

【第一〇回】澁澤龍彥の変身譜:『変身のロマン』の編纂者から変身物語の書き手へ

◆発表者  劉佳寧 ◆発表題目  澁澤龍彥の変身譜  ――『変身のロマン』の編纂者から変身物語の書き手へ―― ◆発表要旨  澁澤龍彥編纂の幻想文学アンソロジー『変身のロマン』(立風書房、1972年)はその前年に刊行された『暗黒のメルヘン』(立風書房、1971年)の続篇であり、変身(メタモルフォーシス)の主題をめぐる古今東西の作品を収録した一巻である。自作小説「マドンナの真珠」を『暗黒のメルヘン』に採録したように、『変身のロマン』ではエッセイ「メタモルフォーシス考」(『ユリイカ』1969年9月号所収)の再録が巻頭を飾っている。  「メタモルフォーシス考」では、変身した主体が移行する世界(動物・植物・鉱物の三界)に注目するという変身物語の読み方を提示しているが、『変身のロマン』には厳密には変身の物語ではない花妖の物語(蒲松齢『牡丹と耐冬』)や、恋する悪魔の変幻自在の超能力を描く作品(カゾット『悪魔の戀』)も収載された。  さらに、「編集後記」において、澁澤は次のような興味深いことを述べている――「結論にならない蛇足をつけ加えるならば、メタモルフォーシスということ自体、一つの比喩にほかならないのである。私の性来の変身譚好みも、もしかしたら、そんなところに原因を求めることができるのかもしれない」。澁澤はどのように小説の中の「変身」を理解し、それを一冊の選集にまとめたのか。また、『変身のロマン』を編纂した澁澤自身が変身物語の書き手である事実も看過できない。  本発表では『変身のロマン』の編集ポリシーを明らかにした上で、変身というテーマを扱う澁澤の小説群を系譜化したい。 ◆発表日時  2022年3月26日(土)、14:00~

【第九回】大泉黒石の70~80年代受容:由良君美による紹介を端緒として(山本歩)

  ◆発表者   山本歩 ◆発表題目   大泉黒石の70~80年代受容  ――由良君美による紹介を端緒として―― ◆発表要旨  大泉黒石は戦後、ほとんど忘れ去られた作家であったが、1970年代になって志村有弘、そして由良君美の手によって再発見された。令和現在の黒石受容(というものがあるとすれば)も、概ね70~80年代のそれを継承している。  そして、緑書房『大泉黒石全集』全9巻(1988年)の刊行は、由良(1990年没)の最晩年の仕事のひとつでもあった。  黒石文芸が今日も読まれる機会を保っているのは由良の功績であるが、別の観方をすれば、黒石の存在は英文学者・由良の業績に奇妙に食い込んでいる。  由良の人脈により、1972年に桃源社から『黒石怪奇物語集』『人間廃業』が復刊され、また『ユリイカ』や『幻想文学』にも黒石が紹介された。  他方、それはどうしても、当時の〈異端文学〉〈幻想文学〉〈怪奇文学〉というカテゴリーに絡め取られるものでもあった。  由良が主張したレトリックの問題、「混血」の「デラシネ」的悲哀は、いささか希釈され、黒石は怪奇小説として「大正デカダンス」の範疇に収まったようだ。本発表では黒石の没後評価を考える上で無視できない「由良君美にとっての黒石」及び「70~80年代の怪奇幻想文学への注目」を取り上げ、その連絡や齟齬を理解したい。 ◆発表日時  2022年2月27日(日)、14:00~

【第八回】澁澤龍彥と唐十郎:「犬狼都市(キュノポリス)」と「唐版:犬狼都市」の比較を中心に(杉浦楓太)

◆発表者   杉浦楓太 ◆発表題目   澁澤龍彥と唐十郎:「犬狼都市(キュノポリス)」と「唐版:犬狼都市」の比較を中心に ◆発表要旨  唐十郎「唐版:犬狼都市」(北宋社、一九七九・五)は、澁澤龍彥の小説「犬狼都市(キュノポリス)」(『聲』一九六〇・四、以下「犬狼都市」と略記)の題を借用した戯曲である。唐による「唐版:風の又三郎」や「唐版:滝の白糸」も例外ではないが、「唐版:犬狼都市」の題は相反する意味を内包している。〈唐版〉は独創性を示しつつ、〈版〉によって模倣性を示しているのだ。本発表では「唐版:犬狼都市」において「犬狼都市」がどのようにパロディされているかを踏まえたテクスト分析を行なう。その過程で「唐版:犬狼都市」に取り込まれているオリジナル/コピーをめぐる問題系、すなわち赤瀬川原平の模型千円札裁判や、マルセル・デュシャン「泉」との関連性に触れることになろう。 ◆発表日時  2022年1月29日(土)、14:00~

【第七回】表象の彼方へ :澁澤龍彥「画美人」の遠近法(跡上史郎)

◆発表者   跡上史郎 ◆発表題目  表象の彼方へ  ──澁澤龍彥「画美人」の遠近法── ◆発表要旨  大きな建造物が直線で構成されているように見せるためには、微妙な曲線をもってせねばならない。ある図像は斜めから見なければ正しくは見えず、またある図像は曲面鏡に反射させねば意味のある像を結ばない。真実を伝えるためには仮面を被らねばならず、嘘でもって唇を歪ませねばならない。私たちの認知機構そのものに系統的エラーが埋め込まれているのであれば、認識の逸脱が錯覚を生むのではなく、錯覚こそが私たちの認識の基底をなしているのだ。晩年の澁澤龍彥が依拠していた遠近法概念とは何か。コラージュから出発した澁澤龍彥がたどり着いたのは、どのような断片の組み合わせ術だったのか。現実と絵画が交錯する「画美人」(『文藝』1983・5) を例に考える。 ◆発表日時  2021年12月25日(土)、14:00~

【第六回】少女達は機械仕掛けの夢を見るか:澁澤龍彥「ねむり姫」論(浜地百恵)

◆発表者   浜地百恵 ◆発表題目  少女達は機械仕掛けの夢を見るか  ─澁澤龍彥「ねむり姫」論 ◆発表要旨  澁澤龍彥の短篇集『ねむり姫』より、表題作「ねむり姫」を扱います。  浅羽通明がねむり姫評の中で「この作品はやたら、女子高生に人気が高い」と指摘するように、本テクストは「澁澤乙女」と言われるいわゆるゴシックロリータ愛好家の少女達に特に愛読されており、澁澤エッセンスの濃縮された作品であると考えます。本稿でも「少女」を読者層と想定した時にどのような受容をなされるのかということを、舞台となる伊予と京都、そしてそれを接続する土地、紀伊の伝承について「珠名姫」を形成する言説を引用しつつ、「人形」という澁澤を語る上で外せない視点を従来の「独身者の機械」系譜のテクストとは別の方向へ読み替えたいと考えております。 ◆発表日時  2021年11月6日(土)、14:00~